鉄を飲んでいるけど貧血が良くならない、と相談されることがしばしばあります。本記事では、このような時の考え方について、少しご紹介したいと思います。
・鉄を飲んで良くなる貧血は鉄欠乏性貧血のみ
貧血の時は鉄分を摂りましょうとよく言われます。実際、鉄欠乏は貧血の原因の中では最多であり、だいたいの場合は、それで正解です。しかし、貧血の原因のすべてが鉄欠乏ではありません。当然ですが、鉄分を摂って改善する貧血は鉄欠乏が原因の鉄欠乏性貧血のみです。鉄欠乏以外が原因の貧血に対してはどれだけ鉄分を補給しても改善しません。したがって、鉄分を飲んでも良くならない場合、貧血の原因が正しく把握出来ているのかを考えます。
・鉄欠乏性貧血の診断は正しいのか?
典型的な鉄欠乏性貧血の診断は比較的容易です。血液検査で、小球性低色素性貧血、血清鉄とフェリチン値の低下、総鉄結合能(TIBC)の増加を確認します。重要な点は、血清鉄だけでなくフェリチン値の低下を必ず確認することです。中には血清鉄の低下のみで鉄欠乏と判断されている場合もあるようですが、例えば、慢性炎症に伴う貧血でも血清鉄は低下しており、血清鉄の低下のみで鉄欠乏性貧血と判断すると、慢性炎症に伴う貧血を見逃してしまいます。きちんとフェリチン値を測定していると、鉄欠乏性貧血では低下、慢性炎症に伴う貧血では正常から増加、と両者をしっかり区別することが出来ます。よく患者さんには鉄分をお金にたとえて説明していますが、ひとことで「お金がない」といっても、現金も貯金も無いのか、現金はないが貯金はたっぷりなのかで全く状況は違いますよね?慢性炎症に伴う貧血では、鉄は十分にあるが上手く使えていない状態ですから、当然、鉄分の補充は必要ありませんし、場合によっては鉄過剰となり好ましくありません。もちろん、鉄欠乏+利用障害のパターンもありますが話が非常に複雑なので今回は割愛します。
・診断が正しいなら、きちんと指示されたとおりに鉄が飲めているか
さて、診断は鉄欠乏性貧血で間違いなさそうだと確認したあとは、きちんと鉄剤が飲めているかの確認です。しばしば、鉄剤は吐き気などの消化器系の副作用が問題となります。あくまで医師個人の体感ですが、だいたい2-3割の頻度で特に若い女性に出やすい印象です。中には、副作用で全くお薬が飲めない方もいらっしゃいます。副作用でお薬が飲めないのは患者さんのせいではありません。最近は、吐き気の出にくいお薬や適応は限られますが点滴のお薬も利用できます。なかなか医師の前では、薬を飲んでいない、と言い出しにくいものですが、血液検査をすればだいたい分かりますし、お薬が飲めていないので貧血が良くならないのか、飲めているけど良くならないかで今後の対応も変わりますので、医師に遠慮なくお伝えください。
・きちんと鉄剤が飲めているのに改善しない
鉄欠乏性貧血で診断は間違いない、鉄剤もしっかり飲んでいる。なのに、鉄欠乏性貧血が良くならない、このような場合、基礎疾患がきちんと検索・同定されているか、また、そのコントロールは十分かを見ていきます。もちろん、基礎疾患の検索・同定は、鉄欠乏性貧血の診療においては、治療と同じぐらい重要なものですから、貧血が改善するしないに関わらず診断当初より実施するのが基本です。貧血の改善が思わしくない場合や再燃するような場合には、再度、基礎疾患のチェックが重要です。特に出血性疾患、胃や大腸からの出血や婦人科疾患の状態を確認し、これらがあれば適切に治療されているかを丁寧にみていきます。また、鉄剤を飲んでもその鉄がしっかり吸収できていない場合もあります。鉄剤の吸収を阻害する要因、例えば萎縮性胃炎や胃酸分泌の欠乏、H.pylori感染などがないか注意します。ビタミンB12、葉酸、亜鉛、銅といった鉄以外の造血因子の不足や腎性貧血などの他の貧血原因が合併している場合もあるため、血液検査を追加して行う場合もあります。
今回は、鉄剤を飲んでも良くならない貧血の時に、考えられることをまとめてみました。鑑別の方法や順序に関しては絶対的なものではなく患者さんや医師の考え方によっても異なります。あくまで参考として見て頂くようにお願いします。